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バイオハイブリッドセンサ

生物の持つ高感度な環境センシング能力やは未だ人工的なセンサやアクチュエータでは達成できていません。そこで、この生物の仕組みを生体材料ごと取り出し機械に組み込むアプローチが行われています。生体材料と機械を融合したバイオハイブリッドデバイスは、次世代の超高感度化学センサなど、これまでに実現が難しかった機能をもつデバイスとして、近年大きな注目を浴びています。本研究室では、マイクロ加工や3Dプリンティングといった工学的手法を用いて作製したデバイスと、生体材料を融合することで、バイオハイブリッドデバイスの研究を進めています。ここでは、匂いや味など細胞が行っている化学物質の検出機構を利用したバイオハイブリッドセンサについて紹介します。

蚊の嗅覚受容体を用いたバイオハイブリッド匂いセンサ

私どもでは、これまで、昆虫嗅覚受容体を人工細胞膜上に組み込んだ匂いセンサが、水溶液に溶解した匂い分子に対して高い感度と分子識別能力をもつことを示してきました。しかし、匂い分子の多くは水に難溶性であるため、気中に漂う匂いに対して嗅覚受容体本来の優れた能力を引き出すことができませんでした。そこで本研究では、効率的に匂い分子を水溶液に分配することのできる微細なスリットを搭載した匂いセンサを作製しました。このスリットを水溶液の真下に配備し、匂い分子を含むガスを導入することで水溶液が撹拌され、水に難溶性の匂い分子を効率良く水溶液中に届けることが可能になりました。これにより、呼気に混合した0.5 ppbの微量のガンマーカー(1-octen-3-ol:オクテノール)を匂いセンサによって検出することに成功しました。
 今後、複数の嗅覚受容体を人工細胞膜に再構成させたセンサを作ることで、複雑な組成を持つ匂いの識別が可能になると考えられます。また、感度や分子識別能力で従来技術を凌ぐ匂いセンサが実現できれば、呼気・体臭診断や、環境評価、爆発物検知などへの幅広い応用が期待できます。
T. Yamada et al,: Science Advances, 2021

匂い受容体付き人工細胞膜を用いた移動ロボット

匂いセンサは空気中から匂いを検出することが理想であるが、一般的な人工細胞膜はオイルで覆われているため、空気中の匂いを感知することができなかった。そこで、ハイドロゲルを人工細胞膜の基板として用いることで、ゲルを介して雰囲気中の匂い物質を嗅覚受容体付き細胞膜に到達させることに成功した。この細胞膜は匂いを感受することで電流を出力するため、電流値を測定することで匂い物質の有無を判断することができる。ヒトの汗のにおい成分であるオクテノールという匂い物質を感受可能な嗅覚受容体付き細胞膜をキャタピラロボットに搭載することで、匂い物質の有無を出力電流から判断し、匂い物質存在時にロボットを走行させることに成功した。このようにヒトの汗の匂いを検出できることから、将来的には救助犬のようにヒトの匂いを指標とした要救助者探索に活用されることが期待される。
N. Misawa et al,: ACS Sensors, 2019
S. Fujii et al,: Lab on a chip, 2017

匂い受容体を発現した細胞を用いた携帯型匂いセンサ

匂い受容体を発現した細胞に蛍光指示薬を添加すると、細胞が匂いを感受した際に蛍光を発する。しかし、この匂いに対する応答反応は微弱であり、これまでは蛍光顕微鏡やプレートリーダーなど大型の機械によってシグナルを読み取る必要があった。このシグナルを増強するために、マイクロウェルに細胞とゲルの懸濁液を流し入れ、ガラス基板上に転写することで、細胞を円柱状に積層した。積層によって、ひとつのセンサ素子に複数の細胞の光を重ね合わせて投射することで、シグナルの増強が確認された。実際に、webカメラを分解して作製した自作の小型デバイスでも細胞の匂いに対する応答を検出することに成功した。携帯可能なサイズのデバイスで匂いを定量できることから、保安の現場や災害救助、自宅での医療診断など、on siteでの匂い検出に活用されることが期待される。
Y. Hirata et al,: Lab on a chip, 2020

匂い受容体を発現した細胞を用いたロボットの匂いセンサ

匂い物質を検知する膜タンパク質を細胞に特異的に発現させ、これを匂いセンサとしてロボットに取り付けることによって、特殊な匂いに選択的に応答するロボットの開発に成功した。 これまでの匂いセンサは酸化物半導体をベースに作られたものが多く、用途や感度が限られていた。また、普段人間が嗅いでいる体臭などの匂い物質を高感度に検出するのは難しかった。そこで研究グループは、生物の匂い検出の原理に注目した。細胞に匂い受容体である膜タンパク質を発現させ、チップデバイス(写真左)を用いて、それらの細胞が匂い刺激に対して発生する電気的変化を計測することによって、匂い物質を選択的に高感度で検出することに成功した。 匂い物質の検出には、昆虫(蛾)の触角にあるフェロモン受容体を利用した。センサを組み込んだロボット(写真)にフェロモン刺激を与えると、ロボットが首振り動作をした。通常ロボットには様々な電気配線があり、細胞が刺激に応答する際に発生する微弱な電気的変化は検出しづらい環境であるが、デバイス内に細胞を隔離することにより安定して計測できるようになった。このシステムでは、匂い物質の検出に生物の持つ様々な受容体を応用できるため、将来、ロボットに搭載するセンサのみならず、これまで難しかった大気や水道水などに存在する微量物質を高感度で検出できる環境センサとしての利用も期待できる。 本研究は、細胞を使った匂いセンサの初の例としてPNAS誌のThis week in PNASにハイライトされる他、CELLやNature Materials誌にも取り上げられた。さらに、Popular Science誌のBest of What’s new 2010を「The sharpest sniffer」として受賞した。
N. Misawa et al,: Proc. Natl. Acad. Sci. USA , 2010, selected in “This week in PNAS”, Highlighted in Nature Materials, and Cell

その他の研究成果

大腸菌の形状コントロール

この研究では大腸菌を用いてフィラメント状の細胞を作り,されにそれを三日月型やジグザグ型,正弦波型やらせん状といった任意の形に変形させる技術を開発しました.まず,アガロースのマイクロチャンバーを作ります.その上に大腸菌の入った試料を流し,アガロースの厚板かPDMSシートをその上に載せ蓋をします.アガロースは細胞の乾燥を防ぎ,チャンバー内に栄養を供給する働きをします.大腸菌はチャンバーの中で細胞分裂を行いますが,この際,抗生物質を加えておくと分裂が阻害されフィラメント状に伸びます.そして,チャンバーの形に沿って変形します.さらに,変形した後の大腸菌はチャンバーから取り出しても運動性を保っているということが分かりました.
S. Takeuchi et al,: Nano Letters , 2005