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人工細胞・人工細胞膜

我々を構成している基本単位は細胞です。大きさは約10ミクロン。日本人の髪の毛の直径は大体100ミクロンですから、その大きさは目には見えないほど小さなものであることがわかるでしょう。この1つの細胞の中に、さまざま機能を持つ要素が集約されています。また、それらは、分裂することによって成長しています。 工学者の目から見て、このような細胞の内外の情報伝達がどのようにされているかは非常に気になるところです。また、細胞のような機能を人工的に再現できればすばらしいことです。このような研究分野では、リポソームと呼ばれる人工細胞膜が活躍しています。細胞膜と同じ脂質2重層でできた球体なのですが、最近、この中に、細胞内で活動する生体分子や、マイクロマシンニングで製作した人工の微小構造を閉じ込め機能させることができるようになってきました。 本研究室では、微小電極が配置されたマイクロ流体システム上で、このリポソームの直径を制御したり、効率よく物質を内包したり、顕微鏡下で電気的に位置をコントロールしたり、2つのリポソームを一つに融合させるような実験をしています。最近では、バクテリアの鞭毛を取り付けてあたかも生物のように動かすことができるようになってきました。直径がナノからマイクロサイズまで、比較的自由に変えられるので、非常に小さな空間を作り出せます。たとえば、直径1ミクロンのリポソームの体積は1フェムトリットル(フェムトは10の-15乗)です。このような、容器に、反応性の物質を閉じ込めることで、反応によって合成された物質の濃度を急激に上昇させることができます。すなわち、短時間で物質を検出できるというわけです。これらの膜構造を利用して、2液を反応させたり(写真)、その位置を制御するような研究を行っています。 また、これらの研究は、学術的にも大きな意味があります。何十億年も前に、おそらく分子の自己組織的な現象がいくつも組み合わさって最初の生命、つまり最初の細胞ができたはずです。その瞬間を観てみたいというのは、多くの科学者の夢でもあります。工学者は、生物の魅力的なシステムにあこがれ、これを人工的に創り出したいと思い、生物学者は、再構成することで解る生命の真理を導き出したいと意欲を燃やしています。試行錯誤を繰り返し、形から反応、動きまでを再構築し、どのようにして生命が誕生したか探る研究は、細胞を創る研究の醍醐味でもあり、「生命とは何か」を知る営みでもあります。

 私どもが考案した液滴接触法による人工細胞膜を使って、様々な膜タンパク質(主にイオンチャネル)の挙動が分かるようになってきました。アプリケーションノートを作りましたので、ここからご覧ください。

動くリポソーム:鞭毛によって駆動するリポソームやマイクロビーズの運動解析

細胞の分裂、移動などの運動は、生体分子モータと呼ばれるタンパク質によってなされている。生体分子モータには、アクチン-ミオシン、微小管-キネシン(あるいはダイニン)などのリニアモータや、ATP合成酵素などの回転モータなどが存在する。大きさはおよそ10 nmであり、工学者から見れば、まさにナノサイズのアクチュエータである。このようなアクチュエータを、下のようなリポソーム生成技術と融合させると、動くリポソームを作製することができる。 一例として、われわれは、クラミドモナスと呼ばれる微生物の鞭毛を切り出し、リポソームに取り付け実験を行った。この鞭毛は微小管-ダイニンからなるリニア分子モータからなり、各分子モータが滑り運動をすることによって、波打つような鞭毛運動が得られる。このようなアクチュエータを球形のどの部分にどのように結合させれば、推進力が得られるか右図のようなモデルを作り解析を行った。また、実際にマイクロビーズに鞭毛を固定し、推進力がどのように生じるか解析した。
さらに、この鞭毛の根元をリポソームとアビジン-ビオチン結合によって吸着させると、右の動画のようにリポソームが鞭毛運動によって、回転する様子が観察された。ここで得られた動きはランダムであるが、最近では、膜の流動性をおさえることで鞭毛の推進力をより強めることができるようになってきた。鞭毛を得ることで単なるブラウン運動よりも圧倒的に広範囲に運動することができる。もちろん、細胞のように走行性を持つ動きは現時点で実現できていないが、将来、膜タンパクからの信号を鞭毛運動にフィードバックできるようになれば、信号源に集まるリポソームができるかもしれない。
N. Mori, et al.:Applied Physics Letters, 2010 [movie: a liposome with flagellum],[movie: a bead with flagellum],

マイクロ流路による細胞サイズの均一ベシクル作製法

我々が考案した膜チャンバを発展させ、細胞サイズの均一直径ベシクルを形成することに成功した。各チャンバの底面に微小な流路を設け、脂質膜の形成後に、微小流路から主流路へ向けて流れを発生させる。すると、膜が変形し、主流路のせん断応力によって分離し、ベシクルとなることが分かった。実験の結果、均一直径のベシクルを大量に得ることができた。さらにこれらのベシクルにα-ヘモリシンを導入後、ベシクル内のカルセインが外部に放出される様子を観察することができたことから、これらのベシクルが単層の脂質2重膜を有することが示された。下記のシャボン玉法は平均直径が100ミクロンオーダであり、扱いが難しかったが、本手法によるベシクルは約10分の1の直径で形成できることかたら寿命も長く、細胞内現象を模擬した実験系に利用できると考えている。
マイクロ流体デバイスでは、このようなT-junctionを利用した研究は多い。それらの場合、主流路に有機溶媒(Oil)、微小流路に水溶液(Water)を導入し、均一直径の液滴エマルジョン(W/Oエマルジョン)を形成している。一方、ここで示した方法は主流路、微小流路とも水溶液であり、微小流路内に含まれる水溶液の物質を効率よくベシクルに内包できるのが特徴である。
S. Ota, et al.: Angewandte Chemie International Edition, 2009 (highlighted in Nature Chem. and Lab. Chip)

シャボン玉法によるベシクル生成

われわれの開発した接触法(膜タンパク質チップ参照)は非常に安定して、再現性のある脂質2重平面膜の形成方法です。ここでは、この方法で作製した膜に微小なガラス管を近づけ、ジェット水流を吹き付けます。すると、右図のように、平面膜が変形し、球体の膜を形成できるようになります。この方法を利用すると、直径がほぼ一様なカプセルを多数作ることができます。また、 DNAや酵素、あるいは細胞抽出液などを簡単にカプセル化することができるため、人工細胞研究の強力なツールになると考えています。
K. Funakoshi, et al.:  Journal of the American Chemical Society, 2007

マイクロ流路チャネルを用いたジャイアントリポソームの作製

異なる種類のジャイアントリポソームを同時に効率よく作製する方法として,マイクロ流路内で,エレクトロフォーメーション法により作製する方法を検討しました.マイクロ流路を用いることは、以下のような利点があります. 1) 薬品やDNAなどの貴重な試料を少量,効率よくリポソーム内に閉じ込めることができます. 2)いくつかの流路を持つことにより,同一基板上に異なる種類のリポソームを同時に作ることができます.シリコーンゴム製のマイクロチャネルをリン脂質膜がついた透明電極ガラスプレート(ITO)で挟み,水溶液をチャンネルに注ぎます.その後、電圧AC(0.5-1.5 V, 10 Hz)を印加すると,リン脂質膜が基板から剥離され,マイクロチャンネル内のみでリポソームが作製されます.溶液中にDNAやタンパクを模擬したマイクロ・ナノサイズのビーズを加えることにより,リポソーム中にこれらの物質を閉じ込めることができます.結果、同一基板上にマイクロ・ナノサイズのビーズをそれぞれ包み込んだジャイアントリポソームを同時に作ることができました.
K. Kuribayashi, et al.:, Measurement Science and Technology, 2006

リポソームのペアリング及び電気的融合が可能なマイクロ流体デバイス

リポソームの電気的融合は、微小空間や2重膜構造を有するといったより細胞に近い環境での生化学反応の研究に利用されています。これまでに、我々は高アスペクト比のシリコン電極間でのリポソームや細胞の電気的融合を実現しました。しかしながら、正確に2つのリポソームを並べ、電気的融合を観察することが難しいという問題がありました。近年、実験の効率化のために、リポソームのペアリングと電気的融合が可能なマイクロ流体デバイスを開発しました。このマイクロ流体デバイスでは、流体現象を利用して、デバイス中に2つのリポソームを隣接させることができます。この方法によって、デバイス中の75 %のリポソームを2つの対となるようにアレイ化することができました。マイクロ流体デバイスには高アスペクト比の低融点合金電極が設置されており、電場を与えることで、アレイ化されたリポソームの電気的融合に成功しています。本研究のマイクロ流体デバイスは、リポソームのような膜に包まれた微小空間内での生体反応を研究するための有用なツールになると期待されています。
K. Sugaharai et al.:, Sensors and Actuators B: Chemical, 2020

ロボットによる自動・並列人工細胞膜作製とシングルイオンチャネル計測

MEMS技術はこれまで主に半導体微細加工技術として発展しており、マイクロサイズのアンテナや加速度センサなどに応用されている。このMEMS技術は微細な構造物を集積化するのに適しており、特に電子デバイスと相性がよい。我々はこの技術を応用することにより、人工細胞膜を大量にアレイ化し、そこにイオンチャネルを再構成することで、チャネル電流計測が可能な人工細胞膜チップの構築に取り組んできた。これまでに、簡便にかつ再現性良く人工の細胞膜を形成可能な方法「液滴接触法(Droplet contact method)」を提案している。今回、液滴接触法を応用することにより膜チップを並列化でき、ロボットによる人工細胞膜形成が自動で可能になった。 このシステムを用い、実際に創薬に関係のあるヒト由来カリウムチャネル(hBKチャネル)について計測を行った。アレイデバイスは16ch同時計測可能なものを使用し、発現細胞から精製したhBKチャネルを人工細胞膜に再構成した。この人工細胞膜チップによりhBKチャネルのカリウムイオン電流を計測したところ、計測開始から2時間以内にアレイの90%以上からシングルチャネル応答が得られた。また機知の阻害剤を用いてチャネルに対するカリウムイオン透過の阻害実験を行ったところ、創薬試験において重要な50%阻害濃度(IC50)を短時間で決定することができた。さらにこれまで明らかとなっていなかった、アミロイドベータタンパク質のフラグメントがこのhBKチャネルを細胞の内・外どちら側からも阻害することをはじめて実験的に確認できた。 R. Kawano, et al.:Scientific Reports, 2013

脂質単層膜コンタクト法(接触法)によるリン脂質2重膜の作製

人工平面リン脂質2重膜は膜たんぱく質の機能解析のための強力なツールです。しかし、これまでは安定性や再現性が低く扱いが難しかったため、広く使われてはいませんでした。そこで我々は、世界で初めてマイク流体デバイスを使い、水と有機溶媒の間にできたモノレイヤー(単層)の脂質膜をコンタクトさせ、脂質2重膜を構成するという簡単な方法を開発しました(右図参照)。単に界面を接触させるだけ脂質2重膜ができるので”接触法”と呼ぶことにしました。海外の大学でも多くの研究者に取り入れられています。最近では、この方法でできた膜をDIB(Droplet Interface Bilayer)と呼ばれています。 電気容量測定や膜中に再構成されたイオンチャネルのシグナル計測によって,実際に2重膜が構成されていることが確認できました.私達は脂質2重膜構成のためのマイクロフルイディックデバイスとして二つのデザインを試しました.一つ目は二つの円形の小室を備え,その小室を有機溶媒で満たし,そこに水滴を挿入するだけで簡単に水/有機溶媒/水の境界を作ることができるものです.もう一つのデザインは+印状になった流路を持つもので,外部から接続したシリンジポンプによって境界を作ります.どちらの方法も簡単で再現性良く脂質2重膜を作ることに成功しました.これらの方法によって脂質2重膜を自動的に大量構成することも可能になると考えています.そして,生理学や薬剤開発のための膜輸送の高スループットスクリーニングに応用できると考えられます。

微小流路を用いたABCトランスポータ解析チップ

ABCトランスポータは薬剤の細胞内濃度を制御しているため、新薬候補との相互作用解析が求められている。本研究では微小流路中にhMDR1トランスポータ担持ベシクルを固定化し、定量的蛍光解析により輸送活性を評価する手法を開発した。これにより単一トランスポータ当たりの輸送活性の評価に初めて成功し、アッセイ時間も大幅に短縮(3時間)した。 医薬品候補物質となる低分子化合物について、生物の細胞表面にある仕組み(トランスポーター型膜タンパク質)を活用し、手のひらサイズのPDMS(樹脂の1種)チップ上で、トランスポーター型膜タンパク質に輸送されやすい物質を効率的に選別する技術を提案した。最近では、FDA(米国食品医薬品局)が新薬開発の際にトランスポーター型膜タンパク質との作用を評価することを推奨していることもあり、この成果は、特に初期段階でのスクリーニングにおいて、従来法に比べ格段のハイスループット(高い処理能力)が期待できる。
低分子化合物がトランスポーター型などの膜タンパク質を介して細胞外へ排出される程度(つまり、その医薬品候補物質が細胞内にどのくらい留まるか)の評価は、その医薬品候補物質が実際に治療に使われる医薬品となりうるかを確かめる上で不可欠である。従来法では、個々の細胞が凝集した細胞塊を用いて実験するが、細胞塊を用いた場合の問題点は、1)個々のデータのばらつきが大きいため繰り返し実験を重ねる必要がある、2)細胞を扱うため実験手法が煩雑で実験に要する時間が長い(1回につき1日以上かかる)、3)投与する医薬品候補物質の量や実験回数が多くコストがかさむ、等が指摘されている。 本研究では、1)従来法を数百~数千回繰り返したのと同様の結果を1回の実験で得ることができ、2)比較的短時間(3時間程度)で実験が済み、3)マイクロ流路を用いて溶液を交換するので投与する医薬品候補物質の量が格段に低減できる、といったメリットがある。今回明らかになったデータ(IC50値=50%阻害濃度)は、従来法により知られている文献値とほぼ一致していることから、創薬、特に初期の探索段階でのスクリーニング(医薬品候補物質の選別)において、従来法の革新的な代替技術としての活用が期待できる。

膜タンパクチャネルとDNAアプタマーを用いたコカインの迅速検出

これまでに我々が考案した人工脂質2重膜中に任意の膜タンパク質を自在に埋め込む技術をもとに、ごく小さな穴(直径1.5nm。毛髪の太さ[約0.15mm]のおよそ10万分の1)が貫通した筒状の膜タンパク質(α-ヘモリシン)を人工脂質2重膜中に埋め込んだ。今回は、このα-ヘモリシンと、その穴を通過でき、かつコカイン分子だけと特異的に結合するDNAアプタマーを組み合わせた。このDNAアプタマーは、通常は1本鎖状をしており、筒状の膜タンパク質の穴を通過できるが、コカイン分子と結合すると形状が変化し、穴につっかかり捕捉された状態になる(模式図の状態)。これを利用し、DNAアプタマーがコカイン分子と結合し、α-ヘモリシンの穴に捕捉された際に生じる電流を検知することで、液体に溶けたごくわずかなコカイン(1リットル中に0.0003グラム)を検出することに成功した。試料をプラスチックチップに滴下してから電流検知までの時間は25秒と、ごく短時間であった。 コカインの検出について、従来法では、試薬を用いた簡易検出とガスクロマトグラフィー装置による高精度検出の2つの方法があるが、前者は検出感度が低く、後者は装置自体が特殊で試料採取から結果を得るまでに数日間かかるといった難点があった。  DNAアプタマーと人工脂質2重膜中のα-ヘモリシンを利用したこの検出法は、DNAアプタマーの種類を変えることで、コカインとは異なる物質を特異的に検出することも可能である。この技術によって、将来、水質や大気などの環境調査や食品の衛生検査、事件捜査の現場において、様々な物質を対象にした、簡便・迅速・高精度な「その場検査」への応用が期待される。
R. Kawano, et al.:Journal of the American Chemical Society, 2011

その他の研究成果

リポソームのエレクトロフュージョン(電気的融合)

高アスペクト比のシリコン電極間に微小電圧をかけることによってリポソームや細胞のエレクトロフュージョンを実現しました。このマイクロデバイスはガラス基板に250μmの薄さのシリコン電極をボンディングし、その後PDMSでコートされたスライドガラスで覆うような構成になっています。まず、300kHzの交流電圧をかけることでリポソームを配列し、その後短い直流パルス電圧をかけることでフュージョン(融合)させます。この方法によって、フュージョン成功率を75%に向上させることができました。また、特に10μmより大きな直径のリポソームに対して有効に作用することが分かりました。さらにマイクロビーズを閉じ込めたリポソーム同士のフュージョンにも成功しています例えば、現在は生細胞に微小な人工物や遺伝子を低侵襲で効率的に導入する方法に応用できます。

脂質二重膜マイクロチャンバへの電極配線技術

脂質膜マイクロチャンバシステムに対して、個々のチャンバに電極を配線した。PDMS・ガラスデバイスの接着性を保つため、配線に電極パターンとブリッジ流路を設ける工夫を行った。膜を通した物質輸送を、顕微鏡観察に加えて電気的計測によっても捉えることで、より多角的解析が可能になると考えられる。
T. Osaki, et al.: Journal of Microelectromechanical Systems, 2011

ABCトランスポータ解析チップ材料としてのパリレン被覆PDMS流路

微小流路材料PDMSは蛍光剤などの疎水性小分子を吸収するため、トランスポータの定量的解析を困難なものにしていた。そこでPDMS表面にパリレン薄層を蒸着しこの問題を克服した。これにより、ローダミンBの温度依存的な蛍光強度変化を定量的に解析することに成功した。
H. Sasaki, et al.: Sensors and Actuators B, 2011

マイクロ流路を用いた微細チャンバアレイへの脂質膜形成(膜チャンバ)

我々が考案した接触法を利用して並列に脂質2重膜を形成し、マイクロ流路内に設計したマイクロチャンバを脂質膜で閉じる実験を行った。実際、右図のような流路を作成し、メイン流路に水溶液、有機溶媒、水溶液を導入することで、凹部を脂質膜で覆うことができた。これが2重膜であることは、α-ヘモリシンを導入し、膜透過実験行うことで示唆された。チャンバ容量が少ないため、膜を通した物質輸送の顕微鏡観察に適している。
S. Ota, et al.: Lab on a Chip, 2011

 

パリレンナノポアを用いた脂質膜の安定形成

MEMS技術により、簡便にパリレンフィルムに400 nmのナノ孔を作製する手法を確立した。このナノ孔に人工の平面脂質二重膜を形成し安定性を評価したところ、溶液の交換などに対する物理的安定性が向上し、また経時安定性も従来の数時間程度から約120時間に大幅に伸ばすことに成功した。
R. Kawano, et al.: Small, 2010

 

 

α-ヘモリシンのシグナル同時計測チップ

高分子フィルムのマイクロ孔をはさむように、微小なウェルとチャネルを有するマイクロチップをフォトリソグラフィー技術と光造形技術を組み合わせて作製した。マイクロ孔に人工の平面脂質二重膜を形成し、膜タンパク質の一種であるα-ヘモリシンのシグナル同時計測を行うことに成功した。
T. Osaki, et al.: Analytical Chemistry, 2009
H. Suzuki, et al.: Biomedical Microdevices, 2009

並列イオンチャンネル計測用マイクロチップ

複数同時脂質2重膜形成に成功しましたが(Langmuir2006)、今回は、それらの膜を利用して、実際に複数の膜から同時に独立してイオンチャンネル電流計測に成功しました。パリレン膜に微小孔アレイを加工し、そこに有機溶媒、水溶液を交互に導入することによって人工の脂質2重平面膜を再現性良く形成できるようになりました。そこへグラミシジンやαヘモリシン、アラメチシンなどのチャンネル電流を示すペプチドや膜タンパク質を導入しました。 各チャンバはそれぞれ電気的に独立しているので、そこから異なる種類のチャンネル電流を同時に計測できます。膜タンパク質のハイスループットスクリーニングなどへの展開ができると考えています。

PMMAマイクロフルイディックデバイスを用いた高再現性平面脂質2重膜再構成法

polymethyl methacrylate (PMMA) というプラスチック材料からできたマイクロフルイディックデバイスを用いて再現性の良い平面脂質2重膜の再構成法を開発しました.平面脂質2重膜は脂質溶液とバッファをチャネルに交互に流すことによって,直径100ミクロンの孔部に形成されます. 孔部での脂質溶液の量と配分によって脂質膜の状態が変わってくるので,正確にその状態をコントロールすることは大変難しいことです.そこで私たちは,一定量の脂質溶液が孔に均等に流れるようフルイディックデバイスの形状を工夫しました.また,脂質溶液の層は外部圧力を加えることで薄くなり,最終的には圧力が 200-400 Pa ほどのときに2重膜となります.形成過程は光学顕微鏡や電気生理的計測によってつぶさに観察することができます.2重膜構成率の最大値は 90 % というものでした.さらにこの手法を応用し,一つのチップ上に4つの脂質2重膜を形成することにも成功しました.最終的には,グラミシジンペプチドイオンチャネルを通したチャネル電流を計測することができ,このデバイスが単一分子の電気生理的解析に適していることが分かりました.

PMMAマイクロ流体デバイスを用いた平面脂質2重膜中での単一イオンチャネルの電気生理計測

平面脂質2重膜は電気生理学的計測を用いたイオンチャネル機能解析の為の強力なツールとして利用されています.私たちは高スループットスクリーニングのための膜たんぱく質チップの実用へ向けて,プラスチックマイクロデバイスを用いた平面脂質2重膜の再構成とその電気生理計測を行いました. このデバイスを利用することで,平面脂質2重膜の再構成率は 90% にも達し,複数の2重膜を同時に再構成することにも成功しました.また,このデバイスは,一分子レベルでのイオンチャネル解析へ適した優れた電気的特性を持っています.さらに,光学観察の容易性や脂質2重膜構成のコントロールも可能といった利点があります.

 

 

マイクロ流体システムによる平面脂質2重膜の再構成

膜たんぱく質の電気生理学的解析に役立つ平面脂質2重膜をマイクロ流体システム中で再構成する研究に取り組んでいます。この技術は膜タンパク質と作用する可能性のある多量な試薬候補を自動的に高速で解析するのに適しています。まず、100μmから200μmの孔の開いた基盤の両端にマイクロチャネルを組み込んだデバイスを作成します。次に、そのチャネルに脂質溶液とバッファ溶液を交互に流すことで、脂質2重膜を再構成しました。このとき、パリレンで流路をコーティングすることで2重膜再構成の再現性が向上すること、電気ノイズが減少できることが分かってきました。将来的には、超高感度のイオンセンサチップやハイスループット薬剤解析装置などへの応用を目指しています。

細胞サイズの脂質2重膜カプセル”リポソーム”

我々を構成している基本単位は細胞です。その大きさは約10ミクロン程度。日本人の髪の毛の直径は大体100ミクロンですから、その大きさは目には見えないほど小さなものであることがわかるでしょう。この1つの細胞の中に、さまざま機能を持つ要素が集約されています。また、それらは、分裂することによって成長しています。工学者の目から見て、このような細胞の内外の情報伝達がどのようにされているかは非常に気になるところです。また、細胞のような機能を人工的に再現できればすばらしいことです。このような研究分野では、リポソームと呼ばれる人工細胞膜が活躍しています。細胞膜と同じ脂質2重層でできた球体なのですが、最近、この中に、細胞内で活動する生体分子や、マイクロマシンニングで製作した人工の微小構造を閉じ込め機能させることができるようになってきました。本研究室では、マイクロ流路システムを用いて、リポソームの位置をコントロールしたり、2つのリポソームを1つに融合させるデバイスの開発、細胞と同様の大きさのリポソーム(特にジャイアントリポソームと呼ぶ)を効率よく作製することができるマイクロデバイスの開発を行っています。